『小説の書き方だってそうだろう。俺はこの問題について確固たる答えを用意していないが、それでも小説は書ける。方法論なんて基本的には必要ないのだ。それは後からゆっくり磨いていけばいいものなのだ。まず書いてみる。書けなかったら別の書き方を試す。いろんな書き方を試してそれでも書けなかったとしても、慌てず時間をかけてのんびりと試し続ける。それでも一生書けなかったら死ぬ前に「ああ自分はたった一つの小説すらも書けなかった」と思えばいい。書きたいことがあるのに書けなかったとき、それは書き手に問題があるというよりは、そのストーリー自身の求める書かれ方というものを、不幸にしてその人間が探し当てられなかっただけなのだ。』
『暗闇の中で子供』舞城王太郎(講談社)
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この言葉を頼りに、怖いけれどちょっとずつ進んでいくしか現状を打ち破る方法はない気がした。「小説」なんて大それた言い方ではなくて自己救済の物語。それはつまり、自分の遺書だ。一番最初に小説らしきものを完成させたときの動機と同じく、それらはやっぱり自分にとっての遺書なんだと思う。
金がいくらあっても空しいだけだって、欲しいものは思いつかない、性欲が既に日常の些細なことに成り果てた現状、美味しいもの感じる余裕が体にないと気付いた、だから、慌てず試していくのが一番心の平穏に近い。
1977-2977
2008.10.05『暗闇の中で子供』舞城王太郎(講談社)
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この言葉を頼りに、怖いけれどちょっとずつ進んでいくしか現状を打ち破る方法はない気がした。「小説」なんて大それた言い方ではなくて自己救済の物語。それはつまり、自分の遺書だ。一番最初に小説らしきものを完成させたときの動機と同じく、それらはやっぱり自分にとっての遺書なんだと思う。
金がいくらあっても空しいだけだって、欲しいものは思いつかない、性欲が既に日常の些細なことに成り果てた現状、美味しいもの感じる余裕が体にないと気付いた、だから、慌てず試していくのが一番心の平穏に近い。