白いウエディングドレスが真赤に染まっていくのがわかった。腕からあふれ流れだす血が、透明な繊維に吸い込まれていく。側にいた女の子が声をあげた。それは言葉にならない悲鳴だった。嗚咽しながら何度も何度も繰り返し叫んでいた。 カオリは、床に座りこんだまま、動かなかった。彼女の長い黒い髪が顔にかかり、その表情を隠していた。赤く染まった両手は、ひざの上にきちんと並んで置かれていた。薄暗く狭い通路の中で、淡いオレンジ色の照明だけが、彼女の姿を浮かび上がらせていた。
僕はカオリの前に静かに座った。ドレスのやわらかな裾が僕のひざに微かに触れ、かさりと小さな音をたてた。彼女がゆっくりと顔を上げて僕を見た。でもそこに彼女はいなかった。ただぼんやりと僕ではなくて、僕の後ろにある何かを見つめていた。僕ではない何かを探し求めていた。そこにカオリはいなかった。
それでも僕は両手で彼女を抱きしめていた。カオリの輪郭は怖いほど冷たくて、カオリの唇は硬く硬く閉じられたままで、何も発しようとはしなかった。誰かの叫び声がする。金属音が響く。誰かが螺旋階段を駆け上がってくる。あたたかい何かがぬるりと僕の輪郭に触れる。彼女の体液だった。彼女の体液が彼女の腕から流れ出し、僕の体をつたい、流れ、落ちていく。彼女の白い腕は何十にも引き裂かれ、脂肪の房が飛び出し、黒く変色して膨らんでいる。彼女の目には、痛みも、悲しみも、後悔も見えなかった。ただぼんやりと、目の前にある何かを、僕には見えない何かを見つづけていた。
(いつまでこんなことをつづければいいの?)
小さくて弱々しくて、今にも消え入りそうな声だった。目には涙があふれていた。
やがてそれは頬をつたい、静かに流れて落ちていった。