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「作戦内容はこうだ」と第七連隊のクマガヤ隊長が切りだす。
「隊を二班に分ける。第一班は東へ迂回し、斜面を下って敵の側面を叩く。第二班は多摩川を北上、敵の南側から総攻撃をしかける。第一班は『おとり』だ。敵の陽動に全力をつくす。人員は8名。第二班は残り24名。各班の振り分けは追って知らせる。作戦決行は明朝3時ジャスト」
「質問があります」サエキの低音が暗闇に響く。
「何だ」「これはつまり、全員討ち死に、ってことでしょうか? 特攻という判断で、宜しいんでしょうか」誰かが笑った。そんな分かりきったこと何を今更、という嘲笑だった。でもクマガヤ隊長は笑わなかった。真剣な声で言った。
「第一先鋒隊、および第二先鋒隊が消滅した今、敵の進撃を食い止めるには俺達しかいない。一分でも、一秒でもいい。敵の進撃を遅らせることができれば、それだけ首都の防備を固めることができる。ただ、なにも特攻と決まったわけじゃない。作戦決行の直前まで、現に今も、首都に援軍を要請している。それに夕方までには、敵陣地に対し、榴弾砲による先制攻撃が行われる。上手くいけば、俺達にも勝算は十分にある」
誰も何もしゃべらなかった。解散、の声のあとサエキと僕はバルコニーに出た。サエキはタバコを取り出して火をつける。僕は遠くを見た。山の向こう、砲弾の発射音が断続的に聞こえてくる。
けっきょくオレ達は死ぬ、とサエキは言った。それは憤激でも悲哀でもなかった。ただ事実をいつもの調子で話したにすぎなかった。連隊に加わる前から、オレらは覚悟していた。覚悟、とはまた違う、それはいつか来るべき当然の日なんだ。「まるで誕生日だ」サエキは煙を吐く。「誰にでも来る。俺にも、おまえにも。それは拒否したり歓迎したりするものじゃない。ただ、そこにあって、ただ、来る」「太陽みたいに」と僕はかっこつけて答える。サエキは笑った。「そうだ。太陽みたいに、太陽が昇るみたいにオレは死に、太陽が沈むみたいにおまえも死ぬ」
【不能、或いは】
2007.09.06
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三つ隣の部屋が火事になり煙のにおいがして、消化車と梯子車と救急車が出動して住人がみな逃げてしまった後でも、僕はかまわずにウォン・カーウァイ三部作を見ていた。煙いなぁと思いながらヘッドホンをして大音量で。ナイロンの燃えるような臭いがしたが、裏の空き地で誰かが焚き火でもしているのだろうぐらいにしか考えていなかった。欲望は翼になり、天使は涙し、惑星が恋をした後で、僕は深いため息をついて部屋から外へ出た。寮の廊下は既に夕暮れだった。壁や床や床に置かれたソファーや、そういった目に入るものすべてが夕陽に染まりオレンジ色に光っていた。誰もいなくて寂しいはずの空間なのに、なんだか懐かしさを感じ、僕はしばらくそこに立ったままぼんやりと初めてセックスをした女の子のことを思い返していた。
最終特攻まで残りあと三日だった。
【不能、或いは】
2007.01.30
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六月二十日夕方、敵の迫撃砲でトミナガがやられた。激しい閃光に包まれ、直後、あっという間に消えてなくなった。人が消えた。トミナガの体が消えてなくなってしまった。
僕は、はっきりと見ていた。サエキも側にいた。夏の花火のようにトミナガの体が光って、散った。全ての思考が僕から残らず消えた。怖いも、悲しいも、きれいも、何も浮かばなかった。ただ僕は、光り輝きそして散っていくトミナガの体を、蒸発する人間を、ぼんやりと見ていた。
サエキが後ろから僕を蹴り、塹壕の中に突き落とし、上から覆い被さって助けてくれたと、後から聞いた。
自分の置かれている状況にやっと意識が戻ったとき、まず最初に思ったことは、夏でもないのになんで夏の雷が鳴り続けているのだろう、ということだった。夏の雷が何万個分もまとめて一気に落ちているみたいだった。次に思ったのは、重いサエキがはやくどかないかな、ということだった。「どけよ」と言いたかったけれど、僕の顔の半分は地面の中に埋もれていたから、声を出すことができなかった。でもたとえ声が出せたとしても、あのすごい雷鳴の中じゃ、誰も何も聞き取れなかっただろう。
土の塊や小石が、バラバラと顔に突き刺さる。サエキはずっと僕の上にいた。僕はサエキに命を救われた。
「俺もただ身動きがとれなかっただけだっつーの」1時間後、サエキはだるそうに話し始めた。ピースを吸いながら。
塹壕に飛び込もーとしたとき、たまたまおまえが目の前にいたから、邪魔だからタックルして先に突き落としただの話で、別におまえの命を助けよーだなんて微塵も思っちゃいねーし、あの状況で自分以外のこと考えられるわけねーんだし、結果としておまえの命を救っちゃったのかも知んねーけど、あー、でもだったらやっぱり俺に「感謝しろ。以降、神と崇めろ。まー」どっちにしろ「戦えるやつが、戦う。それが戦場ってもんだろ?」
敵の迫撃砲は三十分以上つづいた。この攻撃で僕らは九人の仲間を亡くした。
トミナガも。
【不能、或いは】
2006.08.20
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表参道から246に出て、渋谷へ向かっていっしょに歩いた。肌寒かったけど凍えるほどではなかったから、季節はたぶん春だったのだと思う。彼女の手のひらは温かくもなく冷たくもなかった。小さかった気もするし、やわらかかった気もする。今となってはもうただ手をつないだという事実しか思い出せない。彼女の横顔。ただ前を見ながら歩く。楽しかったのだろうか。時折かすかに、彼女の鼻歌が聞こえてくる。
こどもの城の近くで、記憶は夜になる。あの周辺はそんなに照明がないから、ただ暗い。 いっしょに歩きながら、彼女はとても重要なことを言った気がする。とても重要なこと。僕の耳元で。何と言ったのだろうか? 今ではもう何も思い出せない。
暗い夜の渋谷への道を、二人でいっしょに歩いた。手をつないで。
僕らは、朝起きて歯を磨くのと同じように、北と戦った。それらは日常の延長だった。面倒な処理や葛藤がない分、僕らは純粋に自らの任務を遂行することができた。哨戒に出、敵を発見したら陣形を組み、砲撃、散開。そしてまた前進する。ファミリーはいてもキッズはいないのだから、何の心配もいらない。男が死んでも女はまた誰かに恋をする。その誰かもまた戦争にいく。そして女はまた誰かに恋をする。love、love、love。Forever?
人はいつまでイチゴのショートケーキを求めるのだろうか?
【不能、或いは】
2006.08.19
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男に性欲がないと知った北の軍隊は、六月十五日未明、平和境界線を突破し、南下してきた。
同日午前三時半、最初の戦闘がシンタイの街を防衛していた第八自衛軍との間で勃発。北の兵力三十五万人に対し、自衛軍は八千人。民間兵を合わせても一万人足らずで、その戦力比は35:1。希望は、夜明けを見ることはなかった。
午前四時四十五分、第八自衛軍の必死の抵抗も空しく、街の象徴だった時計台が炎に包まれ陥落、シンタイの街は北に占領された。
午前六時きっかりに、北の国営放送が政府を代表し「記念すべき大祭の日」というコメントを発表。
午前七時半、正式な宣戦布告が北の大使を通じて届けられた。大使はその場で捕縛、翌日、極秘裏に処刑された。
「性欲のないオスなど、銃を持たない歩兵みたいなもんだ」北の首領ランドリッヒはお昼の国営放送で豪語した。「ヘタレのイブは肋骨に帰れ」ランドリッヒは手に持っていたグラスを床に叩きつけた。灰色のガラスは粉々に飛び散り、紫色の液体が白い床に舞った。会場にいた北の国民は全員総立ちになって、割れんばかりの拍手で首領と、その新内閣を歓迎し、祝賀に酔いしれた。
シンタイの街は徹底的に蹂躙された。今でも、住むものは誰もいない。
翌日、北の軍隊はゆっくりと、日速30kmで南下を開始した。首都カエリアまでおよそ1500km。このままいけば、2ヵ月後に、僕らの国は滅びてしまう。
【不能、或いは】
2006.08.16
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「ゴチャゴチャ言わずにセックスしやがれ」マタイ伝第3章
いま僕は不能だ。でも不能になる前は大人のビデオにもでていた。国家のために。最期に射精したのがもう3年も前になる。この間に大きな戦争が一度あった。戦争とは何の比喩でもなく文字通り「戦争」のことだ。若い勇士や罪のない人々がバッタバッタと死んでいった。
戦争が起こった本当の理由なんて今でもわからない。「領土の奪い合い」だなんて子供のショートケーキじゃあるまいしと思う。でも、「複雑怪奇な現象もその本質は至極単純」とアインシュタイン博士が言っていたから事実はそうなのかもしれない。だとしたら、戦争も、僕らの不能も、その原因は至極単純なのかもしれない。子供のショートケーキと同じぐらいに。
男に性欲がなくなったのは、いつのことだろう。戦争中、何人かの冒険者がいたが、それも数えるほどだった。大人のビデオに出演できる人はもはや皆無で、ショップに並んでいるのは20年以上も前の作品だ。男が不能になり変化した最大のことといえば、「ファック」が喜びの言葉にかわったことだ。
「国家の少子化がまた一段と加速する憂慮すべき事態」と当局は声明を発表した。体内射精推進法案、及び未成年者自慰奨励法案が相次いで上院を通過し、成立した。「自慰大臣」なるものが登場し、オナニーの大切さを青少年に訴え続けた。「国家戦略としての性交渉」というシンポジウムも第六回目を迎え、変態有識者が壇上にのぼり、一世紀前なら絞首刑もののパフォーマンスを全裸で繰り広げた。スカトロジーのある権威は国営放送で糞尿を飲んだ。ストローで。「非常に個人差の出やすい行為なので」ダークスーツを着た司会者は真剣なまなざしで言った。「効果の程は未知数です」
【不能、或いは】
2006.08.14