CoM0 TrB0
いっしょに歩きながら彼女は小さな声で歌っている。なにを歌っているの?と聞いても(ひみつ)としか答えてくれない。そして彼女は微笑む。また歌が始まり、僕らは歩きつづける。
冬の太陽は地面すれすれを横切るから、濡れた路面で反射するその光はとても強い。僕はまぶしくて目を閉じる。目を閉じながらも、この瞬間がとても美しいということを僕は感じている。それを写真におさめようと、僕はシャッターをきる。
彼女の歌声はとても静かで、あたたかく、僕の心の中にすっと入りこんでくる。このまま彼女といっしょに歩きつづけることができたらどんなにか幸せだろうと僕は思う。僕は神様に祈る。僕の隣で彼女の歌声ができれば永遠につづきますようにと。永遠なんて信じられるほど幼くはないけれどでも、それでも僕は彼女の歌声が永遠につづけばいいのになと願う。
第02話「指先の月」
2007.02.05
CoM0 TrB0
中国雲南省からair-express便で白い封筒が届いた。
封筒の中には『笹の葉』が入っていた。
『笹の葉』は全部で5枚あった。
『笹の葉』は左上を二箇所ホッチキスでとめられていた。
『笹の葉』の表面にはなにか模様のようなものが描かれていた。
しかしよく見ると模様ではなくて小さな文字の集まりだった。
文字は日本語だった。
日本語は「星になった白パンダより」で始まり「僕はあれ以来、彼女には会っていない」で終わっていた。
***
星になった白パンダより
女の子との出会いは億数回、星の数だけあると思っていた。かわいい子がいたら声をかけて、10人に1人は連絡先が聞けて、5人に1人は飲みに行けて、3人に1人は酔ったあと家によんで、そして、朝までいっしょに眠った。寂しいからなのかただの性欲からなのか、いつも誰かにそばにいてほしいと願っていた。毎晩電話しメールし、じゃまたねを繰り返す。
でも、別れてしまう。
小さなことが合わなくて、不満になって、現実と理想の乖離に腹を立てて、それを「運命の人ではなかった」と済まして生きる。
『指先の月』
その日、東京に三年ぶりの雪が降った。
シネマライズから外に出ると、街は既に夕暮れだった。黒い空から白い雪がはらはらと途切れなく落ちてくる。店の照明できらきら輝いている。
僕はパルコの前で温かいカフェオレを飲みながら、目の前を通り過ぎる人々を眺めていた。人は普段よりも少なかった。雪はやみそうになかった。
何人が通り過ぎた後だったのだろう?
まだ降りつづける雪の中を、ふわりふわりと軽い足取りで彼女がこっちに向かって歩いてくるのがみえた。「あっ」と思うよりも先に心臓が速くダダダッとなり、血液がすごい勢いで体中をかけまわった。
彼女は綺麗すぎた。
言葉にすればひどく単純で恥ずかしいが、今まで声をかけたどんな女の子よりも、彼女は完璧に綺麗だった。
僕は生まれて初めて神様に感謝した。今まで死なずに生きてこれたことにも感謝した。彼女が近づいてくる。僕はここで声をかけなかったら一生後悔するだろうと心底思った。
「あの、すみません…、これ、ナンパとかじゃないんですけど…、あの、いっしょにお茶しませんか!?」
彼女の顔が笑った。「なにそれ、めちゃめちゃナンパじゃない」
「いや、これは、ナンパじゃなくて、ただ君とお茶がしたいだけなのっ!」
顔や体、というよりも彼女の存在自体が、とても綺麗だった。
第02話「指先の月」
2007.01.26